市場の日

가는 날이 장날「行く日が市の日」ということわざの、由来や意味・使い方などを話していきます。

このことわざ、実は「悲しい出来事」ことが由来になっています。

一体、どんな出来事があったのでしょうか。

どんな意味のことわざ?

思いもよらずタイミングが悪い時?

가는 날이 장날とは、何かをしようとした時に、思いがけないことに出くわすことをいいます。

例えば友達と海外旅行に行く約束をしていたけど、当日台風が来て飛行機が欠航になってしまったらどうでしょう。

「よりによって、こんな日に限って…」と思ってしまうのではないかと思います。

思ってもいなかったタイミングで何かが起こるわけですが、比較的マイナスのイメージが強いことわざであるとも言えます。

似た意味の韓国のことわざ

가는 날이 장날이다と似たことわざには、次のようなものがあります。

가는 날이 생일이다:行く日に限って誕生日だ
오는 날이 장날이다:市の日に限って来た

訪ねて行く方と訪ねられる方、それぞれの立場から見た言葉です。

誕生パーティーや市場など、その日に限って大イベントが重なったことがわかります。

日本語で一番近いことわざは?

日本語で似た意味のことわざを当てはめるとすれば、犬も歩けば棒に当たるでしょうか。

こちらも「何かをしようとした時に、思いがけない事に出くわす」という意味です。

予想外の出来事には、良い事と悪い事どちらも含まれます。

いいことだけであれば「棚からぼたもち」などでいいかもしれませんが、よくない事とタイミングが重なる場合があることを考えれば、犬も歩けば棒に当たるが一番近いことわざではないかと思います。

どんな由来からできたことわざなの?

久々に友人に会いに行ったら、その日は「市の日」だった?

遠方に住む友人に久々に会いに行ったものの、その日は「市の日」だったという話から来ています。

市の日になると、みんな出かけてしまうため、友人に会うことができません。

そのためやむなく帰って来たことから、まったく予想外の出来事に見舞われることに例えるようになりました。

出先で想定外のトラブルに巻き込まれた時などによく使う気がします。

昔の市場は毎日開いてはいない

昔の市場

市場はその名の通り、物を売り買いする場所です。

しかしスーパーに行けばいつでも必要なものが買える現代と異なり、昔は市場が開かれた時にしか、物を買うことができませんでした。

삼일장(三日市):三日に一回開く市場
오일장(五日市):五日に一回開かれる市場

こんな感じで呼ばれていましたが、地域によっても市が開かれる日はバラバラです。

市は生活物資を調達する貴重な時

市はスーパーに買い出しに行くようなものですが、冷蔵庫なんてものはなく、食材の長期保存が難しかった時代。

新鮮なものを手に入れるチャンスですが、村の近所で開かれるとは限りません。

遠くまで歩いて行かなければいけない可能性もあるし、現代のように携帯電話で簡単に連絡が取れるわけでもありません。

せっかく遠くから訪ねて行っても、友人はいつ戻ってくるわからないとなれば、そのまま帰るしかなくなります。

本来の意味はちょっと違う

市の日ではなく「葬式の日」だった?

しばらく会っていなかった友人を訪ねてみたら、その日は「市の日」だった。

友人はいなかったので、諦めて仕方なく帰ってきたという話で定着しています。

しかし本当は市の日ではなく「葬儀の日」だったというのが、ことわざの由来だと言われています。

市の日と葬儀では全く違いますが、なぜでしょうか。

「장날」の語彙が変わった

久々に友人を訪ねる

実は葬式の日も、韓国語では「장날」と言います。

つまり장날(葬儀の日)から장날(市場が開かれる日)に、時代の流れで変わっていったわけですね。

医療が未発達で平均寿命も低かったとはいえ、何年も会っていないうちに友人が亡くなってしまうというのは悲しいことです。

「なんで今日にかぎって」というニュアンスは、他のことわざと比べると、簡単で使いやすいのではないかと思います。

ちなみに昔チムジルバンに行ったら施設の改装工事中で、やむなく帰って来たということがありました・・・

出かける時は「市の日」かどうか、あらかじめ確認するのが良さそうです。